柳本 元晴 Yanamoto Motoharu
フリー・スポーツ・ジャーナリスト
立教大学卒業/週刊ベースボール元編集長
広島県出身。1982年に(株)ベースボール・マガジン社に入社。週刊ベースボール編集部にて、プロ野球、アマチュア野球などを中心に編集記者を務める。91年に水泳専門誌(スイミング・マガジン)の編集長に就任。92年バルセロナ、96年アトランタ五輪を現地にて取材。98年、創刊されたワールド・サッカーマガジン誌の初代編集長を務めたのち、99年3月から約10年間にわたって週刊ベースボール編集長を務める。2014年1月に(株)ベースボール・マガジン社を退社。フリーとしての活動を始める。2012年からは東京六大学野球連盟の公式記録員を務めている。
日本の野球ファンにとって、衝撃的なニュースが飛び込んできたのは7月10日。今シーズンからメジャーにわたり、これまで両リーグ最多の12勝を挙げる活躍を見せていたヤンキースの田中将大投手が、その前日(現地時間では8日)、インディアンス戦に登板した際、右ヒジを痛めていたことが判明。検査のためにニューヨークに戻ったということだった。
おまけに、というと不謹慎と怒られるかもしれないが、運が悪いことにヤンキースのチームドクターが学会のため不在。翌日、その学会のために滞在しているシアトルまでわざわざ移動して診断を受ける羽目に。その診察の結果は「右ヒジ内側側副靭帯部分断裂」。手術の必要はないけれど、復帰まで最短で6週間かかり、リハビリ次第では、靭帯の移植手術、俗にいうトミー・ジョン手術を受ける可能性もあるということだった。
ほんの2、3日前には、メジャーのオールスターゲームへの出場が発表され、ダルビッシュ(レンジャース)との共演が話題になっていたばかりなので、まさに天国から地獄。青天の霹靂。驚きの感想しかなかった。
今回の故障の兆候があったかどうかは、田中本人にしかわからないものではあるので、それについては言葉を避けるけれど、疲労はあったのだろうと思う。開幕から快調に勝ち星を積み上げてきた田中が、そのインディアンス戦を含め、近々の登板5試合では2勝3敗のペースダウン。メジャーの新人投手としては出色の16試合連続クオリティスタート(6回以上を失点3以内に抑える投球)を続けていたが、それもその最後の勝ち星となったツインズ戦で、7回4点を奪われ、連続記録をストップさせている。新人サラリーマンの5月病ではないけれど、メジャー移籍以後、快調に突っ走ってきた田中の投球に、わずかかもしれないけれど、不安材料が出てきた矢先の今回のニュースだった。
今シーズン、最も注目されていた選手である田中のリタイアに、周辺のメディアはその理由探しに躍起だ、
まず言われるのが「投げすぎ」による“勤続疲労”。これは昨オフ、移籍のニュースが出た時から飛び交っていた。何よりも、昨年日本プロ野球で上げた24勝無敗の圧倒的に成績。さらに、日本シリーズでは第6戦で160球を投じていながら、翌日の最終回にも登板、胴上げ投手になったように、ここ一番での救援登板もあった。
あるメディアでは、25歳までに1400イニングを超えた投手は今、メジャーに4人しかいない。そのうちの2人がダルビッシュ有と田中将大であることを指摘。日本人投手がいかに登板過多に陥っているかを報道している。田中一人の問題ではなく、これからメジャーを目指そうとする投手、例えば前田健太(広島)の移籍が現実味を帯びてきたときに、またぞろ、この「投げすぎ」という話題が俎上の上がり、マエケンの”価値”に多少なりとも影響するかもしれない。「獲ることはかまわないが、田中のように故障の恐れはついて回る。何よりも彼は投げすぎだから」という理屈である。
2つ目は、スプリットの投げすぎ。フォークボールや、そのフォークよりも若干浅めに握り、よりスピードをつけようとするスプリット・フィンガード・ファストボール(SFF)など、つまり人差し指と中指を開いて投げる系統のボールを今は、総称してスプリットと呼ぶことが多い。そのスプリットはメジャーにわたった田中の大きな武器になっていたのだが、ここ数年、メジャーではスプリットはヒジに大きなストレスを与えるため、故障につながりやすいという定説ができており、球団によっては使用制限を施しているところがあるほど。このスプリットの多投が今回のヒジの故障につながったという意見である。
実際に、レイズのマドン監督は田中と初対戦に臨む際、あくまで個人的な関心事として前置きをしたうえで、「彼が25歳という年齢で、あれだけスプリットを多投して、この先どうなっていくのか、興味がある」と、まるで今回の故障を予言したかのようなコメントを出していた。
ほかにも、日本ではほとんど経験することのなかった「中4日」で回るローテーションや、主力投手に故障者が相次ぎ、田中に押しかかっていた精神的な負担の大きさが心身ともに田中を疲れさせた、とか。さらに日本とは微妙に異なるボールの重さや大きさが、田中にストレスをかけ続けていた…など、その“理由”として挙げられている“項目”は、多岐にわたる。
それはそれだけ、苦戦が続く名門ヤンキースにあって、希望の光となっていた田中への注目の高さ、期待の大きさを反映するものではあるが、今となっては、せんないことではある。
賛否はあると聞くが、あえて、復帰までの日にちがかかるトミー・ジョン手術ではなく、PRP療法(血小板注射)による治療を選択した。これは、田中自身から抜きとった血を、遠心分離器にかけて白血球、赤血球、血漿、血小板に分離して、血小板を再び注射で肘に戻すという治療法らしい(らしい、と書いたのはその方法による効果を確認したことがないので)。これによって、回復が早まる効果を得られるのだそうだ。このPRP療法による治療、リハビリが成功すれば、6週間での復帰、つまり、9月にはまたマウンドに上がる田中の姿を見られることになる。ヤンキースがプレーオフに進出できれば、そこでの活躍も期待される、ということにはなる。ただ、今のヤンキースの投手陣を見たら、それはそれで、大変難しい命題のような気はするが、それが、田中のリハビリにとっての励み、モチベーションにつながるならば、ファンも受け入れるしかないということである。