今年の野球シーズンはまだまだ続く。
福岡ソフトバンクホークスと横浜DeNAベイスターズの日本シリーズは、セ・リーグ3位から駆け上がったベイスターズが見事に下剋上を成し遂げて26年ぶりの日本一に輝いたが、これで野球がオフシーズンに入るわけではない。
今週からプレミア12が始まっている。
WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)が世界トップレベルの選手による世界一決定戦なら、プレミア12は将来を嘱望された伸び盛りの選手たちが躍動する大会になっている。それだけにこの大会で大ブレークして、自国リーグのスターダムにのし上がったり、MLBスカウトの目に留まりメジャーへの道が開けたりする選手が出現する。
プレミア12には、勝ち負けだけでなく、これからの選手と今後の野球界を展望する楽しみがある。
大会を前にオーストラリア大使館で開かれたオーストラリア代表選手の歓迎会に参加した。
スーツに身を包んだ選手たちは、みな若く颯爽としていた。
監督は、かつて中日でもプレーした「ディンゴ」ことデーブ・ニルソン氏だ。
オーストラリア・ブリスベン出身。
メジャーリーグ、ミルウォーキー・ブルワーズでキャッチャーとして活躍し、オールスターゲームにも出場しているオーストラリアを代表する元メジャーリーガーだ。
去年のWBCでも指揮を執ったニルソン監督だが、今回は国内リーグの若手選手を中心にチームを編成してきた。
大使館の庭園で挨拶に立ったジャスティン・ヘイハースト駐日大使もチームカップを被りやる気満々の様子だった。
青島もオーストラリア野球界とは、昔からいろいろとつながりがある。
1983年には、都市対抗野球に優勝した東芝の一員としてオーストラリア遠征に参加した。西海岸のパースから始まり、大陸中央のアリススプリングスでゲームを行い、東海岸のブリスベンに移動する横断ツアーを敢行した。
プロ野球を引退した翌年、90年には、日本語教師としてビクトリア州に渡り、子どもたちに野球を教え、学校が夏休みの間は、シドニーで草野球もやった。この時には、オーストラリアの野球を取材に来た王貞治氏と会ったりした。
この時期のオーストラリアには、まだプロ野球はなく、トップ選手も働きながら野球をやっていた。そもそも野球専用のグラウンドがほとんどなくクリケット場を借りて野球をやることが多かった。
2000年のシドニー五輪で野球が開催されたことも良い影響があったのだろう。
アメリカメジャーリーグの援助も受けながら、徐々に人気が高まり、今では国内でプロリーグが運営され、北半球の選手たち(アメリカ、日本など)がウィンターリーグとして参戦している。
関係者に聞くと、アメリカでは200人を超える選手がマイナーリーグでプレーしており、その数は日本の選手を大きく上回っている。
かつては日本の後塵を拝していたオーストラリアの野球だが、今では国際大会でいつも苦しめられる相手になっている。
日本と時差もなく気候温暖なオーストラリアは、まだまだ野球発展の余地がある。例えば、日本のプロ野球の開幕戦を彼の地に持っていくなど、NPBもオーストラリアとの関係促進をもっと考えるべきだと思う。
始まったプレミア12。日本を応援するのはもちろん、オーストラリアなどの海外チームにも是非注目していただきたいと思う。