vol.223「スコアボードを見ると地獄に落ちる」

令和の断面

 3対0で阪神が勝った16日のヤクルト戦(@甲子園)。
 試合終盤に実況のアナウンサーが解説の阪神OB掛布雅之氏と糸井嘉男氏に尋ねる。この時点で、ヤクルトの村上宗隆選手が本塁打ランキングで1位(27本)、打点部門で2位(72打点)につけていた。

 「この時期(シーズン終盤)になると選手はタイトルを意識する?お二人はどんな気持ちでプレーされていたんですか?」

 掛布氏も糸井氏も打撃タイトルを獲得したことのある名選手だ。

 まず掛布氏が答える。
 「ぼくの場合は、ホームランと打点争いが多かった。ホームランと打点は、残した数字が減らないので、そんなに気にすることはなかったですね。その点、糸井さんは打率だから大変だったでしょう」

 すると糸井氏は、こんなエピソードを披露した。

 「コーチに言われました。『スコアボードの数字を見ると地獄に落ちるぞ!』って。だからできるだけ見なようにしていました」

 この発言には少し説明が必要だろう。
 本来、バッティングは繊細で精神的な影響を受けやすいものだ。もちろんどんなバッターも常にヒットやホームランを打ちたいと思って打席に入っているのだが、良い結果を求める気持ちが強くなると、肩や腕にチカラが入り過ぎてそれまでの打撃ができなくなる。また打ちたい気持ちが強くなると難しいボール球に手を出して自滅してしまう。

 だから「数字(本塁打、打点、打率)を意識してバッティングをするとロクなことがない」というのが、糸井氏の体験であり、野球界の教訓なのだ。

 さて、この解説陣のトークですぐに頭に浮かんだのが、ついに「50/50」に迫ったドジャースの大谷翔平選手のことだ。

 この原稿を書いている日本時間17日早朝の時点で、大谷選手の成績は、「47本塁打、48盗塁」で残り14試合である。

 前人未到の「50/50」を達成するためには、できるだけ早くホームラン50本を達成することだろう。残り数試合になった時には、大谷選手も数字を意識することになるだろう。「チームの勝利が最優先」と語ってきた彼でも、スコアボードを見ることになるはずだ。

 できることなら、そうした意識が働きはじめる前に、50本塁打を達成してしまうことだ。盗塁は、四球でもエラーでも出塁すればいくらでもチャンスがある。

 さすがの大谷選手でも、記録を意識してホームランを狙いにいけば、打てる確率は低くなる。

 だからとにかく早く打って欲しい。
 大記録達成で願うことは、それだけだ。

 そうでなければ地獄に落ちる。

青島 健太 Aoshima Kenta
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテネで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。
2022年7月の参議院議員選挙で初当選。
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