「100m9秒台 無観客では難しい?」
コロナ禍でもさまざまなスポーツ活動が始まっている。
プロ野球やJリーグ、大相撲やゴルフ等々。
このコラムでも、その進捗を取り上げて、スポーツの意義を考えてきた。私たちが抱えている閉塞感を打ち破ってくれるのは、「スポーツの力だ」とエールを送り続けてきたつもりだ。最初は無観客で始まった開催が、今では人数の制限があっても観衆を入れて行えるようになっている。感染防止の観点から、依然として無観客でやっている競技もあるが、それでも大いなる前進である。選手もファンも少しずつであっても、スポーツの喜びを取り戻している。
そんな中、新装なった国立競技場で陸上競技が行われた。
「陸上セイコー・ゴールデングランプリ」(8月23日)。
待ちに待った国立競技場での大会とあって、国内のトップ選手がトラックに、フィールドに躍動した。
注目したのは、男子の100メートル。
9秒台の記録を持つ桐生祥秀選手(日本生命)と小池祐貴選手(住友電工)、その後を追うケンブリッジ飛鳥選手(ナイキ)や山縣亮太選手(セイコー)、多田修平選手(住友電工)など、豪華なメンバーが揃っていたからだ。
国立のトラックは、五輪用に整備された世界最新のイタリア製高速トラック。9秒台のレースを期待していた。
予選では、桐生が10秒09の好記録で走り、調子の良さを感じさせたが、結局決勝でも9秒台の走りを見ることはできなかった。
優勝 桐生祥秀(日本生命) 10秒14
2位 ケンブリッジ飛鳥(ナイキ) 10秒16
3位 竹田一平(スズキ) 10秒30
残念ながら今回は誰も9秒台で走ることができなかったが、その理由を解説した伊東浩司さん(元日本記録保持者)の見解が興味深かった。
「桐生、ケンブリッジら経験がある選手は、決勝で観客がいることに慣れている。名前を呼ばれた時の歓声、スタート直前の静寂などで、レースへの緊張感を高めていく。無観客はメンタル面でも難しいだろう。プロスポーツで観客の存在は大きいと思っていたが、陸上においてもやはり声援は大切なものだと感じた」
(24日、日刊スポーツ)
9秒台が出なかったのは、「無観客だったから…」と言っているわけではないが、好記録が生まれるためには、観客の存在が不可欠だと指摘しているのだ。
まったく同感だ。
走り高跳びや棒高跳び、走り幅跳びの選手が、観客に拍手を求めてそのリズムに乗って跳躍しようとする選手がいるが、あれも観客の注目を力にしようとするアクションだろう。
素晴らしいプレーは、それを見届けようとする観客がいるからこそ生まれる。
選手たちは、無観客を決して不調の理由にはしないだろうが、日ごろからファンの注目と期待に応えたいという思いが強い選手ほど、無観客は難しいはずだ。
スポーツには、見られているからこそ、応援されているからこそ引き出される力がある。
メジャーリーグの大谷翔平選手や女子ゴルフの渋野日向子選手の不振には、そうした要素もあるのではないかと思っているが、彼らがそれを口にすることはないだろう。
いずれにしてもスポーツの盛り上がりは、古今東西、これからも、選手と観客が一体となることで作られるのだ。
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテナで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。