「ガルシアはパッティングで目をつぶる」
NHKの朝の連続テレビ小説「エール」を見ていたら、こんなシーンがあった。
主人公・古山裕一(窪田正孝)の妻・音(二階堂ふみ)の妹・田ノ上梅(森七菜)が、豊橋の実家に帰っている。実家は馬具の製造を営んでいる。梅は、そこで働く五郎(岡部大)と約束をしている。
五郎が一人前の馬具職人になったら結婚すると…。
ところが五郎は、あがり症なのか、その腕を試される試験になるとまったく上手くできない。試験の度に、日頃養った技術を発揮することができないのだ。
そしてついに梅が五郎に最後通牒を渡す。
もし、次のテストに受からなかったら、結婚の話は破談にすると…。
ここで五郎は、思い切った行動に出る。
革に穴を開けて、その穴に針で糸を通す作業。
五郎はいつもここで失敗するのだが、何を思ったかこれを目を閉じて行い、見事にクリアするのだ。そして試験に合格。梅との結婚が許されるという展開である。
大事な場面で目をつぶることによって集中力を高める。
余計なことを考えないようにする。
ドラマの中のシーンとはいえ、スポーツにも通じる対処法かもしれないと漠然と考えたのだが、そうは言っても、ドラマの話。現実はそんなに簡単ではないだろうと思った。
ところが…
ちょうどその後に見たNHKのゴルフ中継で、まったく同じようなことをしている選手がいた。
アメリカ男子プロゴルフツアー(PGA)のサンダーソンファームズ選手権。
その最終ラウンド(現地10月4日)が放送されていたのだが、優勝したセルヒオ・ガルシア(スペイン)のパッティングを見て驚いた。
なんとアドレスをしてパターを構えたら、そのまま目を閉じてイメージのままにボールを打っているのだ。
そのパットが思うように入る。
3年ほどアメリカツアーの優勝から遠ざかっていたガルシアは、ボールを見ないパッティングスタイルを身に着けて(19アンダー)、通算11勝目を飾ったのだ。
見えているものを見ないようにしてプレーするのは、バカげたことに映るのかもしれない。しかし、見えていることが思わぬ弊害を生むこともある。
これは私のような下手なゴルファーが年中経験することだ。
パターに限らずどのクラブであっても、打つ直前にボールから目が離れ、打球方向を見てしまうのだ。顔が早く上がり、フォームは崩れ、結局ボールを見ているようで見ていない。つまり良い結果が欲しいばかりに、目だけが先行してしまうのだ。
その結果、極端なスライスだったりフックだったり…。
パターも同じようにままならない。
視覚という私たちの最大の武器が、多くの情報をもたらしてくれるがゆえに、余計なことを考えすぎて、その動きをぎこちなくしてしまう。
エールの五郎さんはさておき、ガルシアはボールを見ないことで、抱いたイメージ通りにパッティングしようと工夫しているのだろう。
それは、ある意味で心のコントロールと言えるかもしれない。
インパクトを見ないことでボールを打つことだけに集中する。
本番でやるかどうかは別にして、アマチュアゴルファーにとっても、練習のメソッドとしては面白いかもしれない。
スポーツでは、見えることが両刃の剣になるのだ。
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテナで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。