「狙うと難しいホームランと金メダル」
いよいよ東京オリンピック・パラリンピックが始まる。
開会式に先立って、ソフトボールやサッカーは、一足先に予選がスタートする。
これから当コラムも、しばらく五輪の原稿が続くだろうから、その前にもう一回野球の話題を取り上げておこう。
前回、メジャーリーグの「ホームラン・ダービー(競争)」に出場する大谷翔平選手の後遺症を心配する話を書いたが、どうやら杞憂に終わりそうな気配だが、まだ予断は許さない。
後半戦に臨んだ大谷は、2試合で10打数1安打。しかも後半戦2試合目のマリナーズ戦では、4打席連続三振を喫している。(次試合の1打席も三振で5打席連続三振)
この打撃内容を見て、エンゼルスのジョー・マドン監督もホームラン・ダービーの影響を指摘している。
「通常の時から少し引っ張りモードになっていた点で、フォームに少し問題があったかもしれない。疲労というより技術の面で」
それは、前回の当コラムで、まさに筆者が警鐘を鳴らしていた点だ。
ホームラン・ダービーでは、普段の試合と違って、ライト方向に大きな当たりを狙う。
ホームランだけを狙って、強振するだけに本来のバランスを崩したり、強引さが残ったりする。ホームラン・ダービーの後遺症が怖いのは、無意識のうちに体がホームランを狙いにいってしまうからだ。
言うまでもなく、大谷の最大の魅力は、センターやレフトにもホームランを叩き込めることだ。それが前半戦33本(メジャートップ)のホームランにつながっている。
だからマリナーズ戦の4三振を見た時には、いやな予感がしてしまった。
ホームラン・ダービーを境に、それまでの調子を崩してしまったバッターは、これまで何人もいるのだ。
ところがそんな心配を吹き飛ばしてくれたのは、対マリナーズ3試合目の第5打席だった。
3ボール2ストライクまで粘って、低めの変化球(見逃せば明らかにボール球だった)を拾うように打って、右中間スタンドに運んだ。
34号である。
これには、マドン監督も喜んだ。
「センター方向へのホームランが良かったね。彼が取り組んでいたことだから」
実は、後半2試合での不振を受けて、大谷はコーチとバッティングの状態をチェックしたのだと言う。地面にまっすぐ立って、センター中心に打ち返す。ホームラン・ダービーで身に着いた強引さを消し去る修正をしていたのだ。
ゆるい変化球をしっかり引き付けて、これを右中間に運んだ内容は、大谷本来のバッティングだ。これができるようになれば、またホームランを量産することだろう。
しかし、これだけで後遺症が100パーセントなくなったとは、まだ言えない。
残る心配は、ストレート系の速いボールをライトに運ぶことだ。ホームラン・ダービーの後遺症は、むしろ速いボールに出る。飛ばそう(ホームランを打とう)と力が入ることで、インコースの速いボールに詰まってしまうのだ。そして、その状態を解消しようとして、ポイントを前にすることで、今度は変化球が打てなくなる。この負のスパイラルこそ筆者が老婆心ながら心配しているホームラン・ダービーの後遺症である。
インコースの速球をさばいて、弾丸ライナーをライトスタンドに叩き込むまでは、筆者はもう少しだけ、大谷のバッティングを心配することにしよう。
さて、今回のオリンピックで日本選手団は「30個」の金メダルを狙っている。いや、正確に言えば、1年延期される前までは、日本オリンピック委員会(JOC)が「30個」を目標に掲げていた。しかし、コロナ禍で状況は一変してしまった。改めての目標発表はない。
まずは、安心・安全の大会運営が大前提だ。とにかく参加するすべての選手が、元気に自分の実力を発揮して欲しい。
ただ、やるからには、日本の選手たちは金メダルを目指して頑張ることだろう。
金メダルは、ホームランに似ている。
これを狙って取ろうとすれば、非常に難しいことになる。
いつも以上に力が入りその戦いが強引になるか、負けられないプレッシャーから硬くなるかのどちらかだ。
来たボールに逆らわずに自分のベストのスイングをすることがホームランを打つことならば、
それぞれの競技においてもやるべきことは同じだ。
はじめからホームランだけを意識した時に、ホームランを打つことは難しくなる。
オリンピックに出場するレベルの選手たちは、そんなことは百も承知だろうが、それでも力が入ってしまうのがオリンピックの怖さだ。
どうか私欲を抑えて、センターにまっすぐ打ち返して欲しい。
さあ、大谷の次は、オリンピック、パラリンピックを応援することにしよう!
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテナで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。