「勝ち星が一番の薬」
今週、来週は、やはり大相撲名古屋場所を見ておくべきだろう。
まずは横綱昇進がかかっている大関・照ノ富士の相撲に注目だ。
「優勝に準ずる成績」が条件になっているが、初日、先場所苦杯を喫している遠藤に危なげなく勝って順調なスタートを切った。一時は、体調不良からどん底(大関→序二段)まで落ちて地獄を見ているだけに、目先の勝敗に一喜一憂することはない。
いつでもインタビューは「一日一番、集中するだけです」
判で押したような問答だが、その変わらない落ち着きが何とも頼もしい。
新三役の小結・若隆景や大ケガから3年ぶりに幕内に復帰した宇良、やっと自分の相撲が戻ってきた逸ノ城など、楽しみな相撲が続く。
観客を入れての大相撲。
名古屋の好角家も、連日、土俵から目が離せないはずだ。
そんな中でも、どうしても気になるのが横綱・白鵬の相撲だ。
6場所連続の休場からの復帰。
3月には、右ひざを手術した。
文字通り、進退のかかった土俵だ。
ずるずると負けが込めば、いよいよ引退が現実味を帯びてくる。前半戦で流れをつかめなければ、周囲もメディアもその時が来たと騒ぎ出すだろう。
2日目までが勝負だと思っていた。
悪くても1勝1敗。
最悪は2連敗だ。
これまで44度の優勝を誇る大横綱でも、連敗スタートでは不安が大きくなるだろう。
6場所連続の休場は、これ以上ないブランクだ。
だからこそ序盤で勢いに乗りたい。
そんな視点で、白鵬の相撲を見ていた。
初日は、元気のいい新小結の明生との一番。
立ち合い、かつてのような荒々しい雰囲気はなかった。軽く張って出たものの得意の右四つではなくあっさりと左四つでがっぷりと組むことになった。それでも上手も引いているので十分な態勢かと思ったが、土俵際でお互いに投げを打ち合って、紙一重で白鵬が「掛け投げ」で勝った。
見ていて危ない…と思った。
白鵬もそれを感じたのだろう。
珍しく土俵上でガッツポーズをした。
今までは、勝って当たり前。憎々しいほどの態度が多かったが、まるで若い力士のような喜びを思わず見せた。
それだけ不安もあったのだろうし、勝利がうれしかったのだろう。
2日目は遠藤との対戦だった。
珍しく白鵬が突っ張りを見せた。
それも何だか弱弱しい突っ張りだった。
かつては暴力的と言いたくなるようなカチ上げで、遠藤を威嚇した。
それを思うと、なんだか別人が相撲を取っているような気がした。
まだまだ手探りの状態なのだろう。
しかし、それでも勝ってしまうところに横綱の実力を見た。
「後(ご)の先(せん)」
相手を見ながら立って、それでも有利な態勢を作ってしまう。双葉山のスタイルが理想だと言っていた白鵬だが、初日、2日目と「後の先」の余裕はない。伝わってくるのは、何としても勝ちたいという必死さだ。
白鵬独特の豪快さや強引さは、すっかり影を潜めているが、身体に浸み込んだ相撲のうまさがこの2番を勝たせたような気がした。
「謙虚な相撲」というのも変な形容だが、流れの中で勝機を見出そうという今場所の白鵬を思わず応援してしまう。横綱は嫌われるほど強くなければならない立場だが、追い込まれた白鵬が見せる今の戦いぶりは、必死に自分と戦う36歳のありのままの姿だ。
自然体の白鵬の相撲も、これはこれで、見ごたえ十分だ。
場所前、「勝ち星が一番の薬だと思う」と言っていた白鵬。
まずは順調な処方を施した。
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテナで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。