「ほらね、笹生優花が勝ったでしょう(笑)」
去年の9月の本コラムで、こんな原稿を書いた。
書き出しはこうだ。
女子プロゴルフ界にとんでもない超新星が現れた。
笹生優花(さそうゆうか)選手、19歳がその人だ。
2019年、11月にプロテストに合格。20年2月にオーストラリアで行われた米ツアーに参戦(2試合)、その後、国内デビュー2試合目のNEC軽井沢72(8月14~16日)で初優勝(9アンダー)を飾ると、続くニトリ・レディース(8月30日最終日)でも勝って(16アンダー)、2週連続優勝をやってのけた。
10代での2週連続優勝は、宮里藍、畑岡奈紗以来3人目。
史上最速の国内3戦目で優勝賞金5000万円を超えた。
この快挙を受けて彼女の原稿を書いたが、まずはなにより「その名前を覚えてもらおう」という気持ちが強かった。だから原稿の最後は、
夢は「世界一になること」
笹生優花のドラマ(世界制覇)が幕を開けた。
と締めくくったが、正直、まだまだそれは先の話だと思っていた。
ところが、本当にやってのけてしまった。
アメリカ・カリフォルニア州で行われた全米女子オープン(オリンピック・クラブ、6457ヤード、パー71)の最終日(日本時間6月7日)、畑岡奈紗とのPO(プレーオフ)を制し、日本女子3人目のメジャー制覇を達成したのだ。しかも大会史上最年少の19歳での優勝。ランキングこそまだ1位ではないが、世界最高峰の大会で勝って、「世界一」になったのだ。
「ほらね、書いた通りになったでしょう!」なんて自画自賛するつもりはありません。
でも、この原稿は、結果的にはそうなりますね(笑)。
それでも、飛び切りにおめでたいことだから許してください。
ただ、はじめて笹生のプレーを見た時に「これは只者ではないな」と感じたからなんです。スケールが大きいと言うか、最初から世界標準で戦っている。
それならば、いつか流れが来た時に一気に勝つだろうというポテンシャルを感じた。
ドライバーの飛距離は260ヤードを越え、アイアンの精度も高い。パッティングも強気に打ってくる。日本語、英語、タガログ語に加えて韓国語、タイ語も少しなら話せるという。とにかく最初から国際規格の選手なのだ。日本人の父親・正和さんの指導を早くから受け、小学生時代には母親の母国フィリピンに拠点を移し、世界を目指して練習し続けてきた。
166センチ、63キロと驚くほどの体格ではないが、秘めたパワーは素晴らしい。
それが勝因となったのが、今回の優勝だろう。
フェアウェーに傾斜があって、捉えたはずのボールが転がってラフで止まる。多くの選手が長くて重いラフからのショットに苦しむ。ところが笹生は、フェアウェーキープ率が6割を切って43位にもかかわらず、パーオン率65%で8位だった。これがパワーと精度の証しだ。力が必要なショットでも正確さを失わない。加えてバーディー数17も畑岡に次いで2位だった。
つまりパワーがありながらも、パッティングを含めた小技も秀でているのだ。
国内2勝目を飾った前述のニトリ・レディース最終日。
2番でいきなりダブルボギーを叩いて逆転されてしまったが、「ゴルフをやっていればボギることもあるので、まったく気にしませんでした」と語った彼女に強いメンタルを見た。
今回も畑岡とのPO2ホール目で、外せば負ける下り2mのパーパットを沈めたところで笹生に流れが来た。あのパットを決めるメンタルがすごい。
畑岡も「優花ちゃんは、簡単に勝たせてくれない」とその粘りに脱帽した。
優勝インタビューでは、「もっと強くなりたい」とうれし涙の中で語った。
東京五輪は、フィリピン代表で出場する。
日本代表でプレーするであろう畑岡との再戦が、今から楽しみだ。
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテナで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。