(「あの夏を取り戻せ」であいさつをした武蔵野大の学生・大武優斗さん【写真・本人提供】)
■今の自分が存在する理由
2020年夏。全国高等学校野球選手権大会は新型コロナウイルス禍で中止となった。
「甲子園中止」。このワードは当時、インパクトを残した。だからこそ自分がこのニュースを知った時のことをよく覚えている。
甲子園大会に出場できるのはほんのひと握り。多くの学校が敗者となる。それでも、小さい頃から夢に描いていた球児にとっては、希望が失われてしまった。筆者はこれまでも多くの高校球児、指導者を取材してきた。自分自身も高校球児だった。だからこそ、この3年間が自分の人生の重きを占めるものだということはわかっているつもりだ。
いつになってもいい。あの悔しい2020年の夏があったから、今の自分がいるーー。そう思える人生にしてほしいし、そんな球児と時を経て、いつか対面したい。そして一緒に何か取り組めたらいい。その時は全力で応援したい。そう思った。悔しさは力に変わると知っているからだ。
思った以上に“その時”は早く訪れた。3年後の2023年。知人から会ってほしい人がいると、紹介されたのが武蔵野大学の学生、大武優斗さんだった。2020年当時、東京都内の学校に通う高校球児だった。大武さんが発起人となり、中止になった年に高校3年生だった球児を集めたイベント「あの夏を取り戻せ 全国元高校球児野球大会」を実施するというので、その詳細を説明に来てくれた。
話を聞いたあと、すぐに力になりたいと思った。どんな形になるかはわからないが、自然と「協力したい」という言葉が口をついた。彼らの思いを記事にした。クラウドファンディングで資金を集めていたため、少しでも私たちのメディアを通じて、この活動が広まっていければいいと思った。資金が集まらなければ実施ができない可能性もあった。背中を押したい気持ちだった。
大学生のボランティアなどによる「あの夏を取り戻せ実行委員会」のメンバーは本当に開催直前まで資金繰りに奔走していた。総額7000万円にものぼる大会開催費用を、クラウドファンディングや企業の協賛を募って、実現させた。元ヤクルト監督の古田敦也さんや元阪神監督の矢野燿大さん、元ヤクルト投手の荒木大輔さんらがアンバサダーとして盛り上げてくれた。学生たちが大人たちの心を動かした。
2023年11月29日、兵庫・西宮市の甲子園球場。20年夏に各地で行われた独自大会優勝校など42チーム、約700人が大会に参加した。入場行進や練習で全チームが甲子園の土を踏んだ。大学生や社会人になった彼らが当時のユニホームに身を包み、一緒に汗と涙を流した仲間たちと時間を共有した。大武さんは「あの夏は取り戻すことができた」とホッと胸を撫で下ろしていた。
過去は取り戻すことはできない。それぞれが受け入れて、終止符を打つ。そして一歩を踏み出していく。彼らはこの大きなイベントを持って、また新しいスタートラインに立ったのだった。
甲子園大会から半年経った先日、大仕事を終えた大武さんと対面した。初対面の時はビッグプロジェクトを成功させないといけないプレッシャーと戦っている悲壮感漂う顔をしていたが、この日は穏やかな表情だった。
聞くと、あの時のプロジェクトメンバーとまた野球界に寄与するような事業を考えていた。実に逞しい。彼らはあの夏があったから、今、前を向いている。歳の差は20歳以上、筆者と離れているがエネルギーをまたもらった感じがした。