【令和の断面】vol.216「相手を正面に置く」

令和の断面

 大相撲名古屋場所8日目。
 注目は、ここまで7戦全勝の照ノ富士に集まっていたが、テレビ中継を見ていて気になる解説があった。

 それは大関・琴桜が西4枚目の宇良を迎えた一番でのことだった。実況のNHKアナウンサーが解説の浅香山親方(元・魁皇)にこう水を向けた。

 「浅香山さん、琴桜にとっては宇良のようなタイプは取りにくいでしょうね」

 宇良と言えば現役力士の中では、「技のデパート」と言ってもいいテクニシャン。しかも体は柔らかく、動きも極めて俊敏な力士。何をやってくるか分からない存在という意味でアナウンサーは上記のように聞いたのだと思う。

 ところが浅香山親方の見立ては全く違った。
 「そんなに意識することはないと思いますよ。この人(琴桜)は、相手を正面に置いて相撲を取るのが上手ですから」

 私が気になったのは、この「相手を正面に置いて相撲を取る」という表現であり、その取り口だった。
 そして同時に、そういう相撲を取られることが宇良からすれば一番嫌なことだろうと思ったのだ。

 「相手を正面に置いて相撲を取る」とは、どういうことか?

 先に言ってしまうと、これがあらゆるスポーツの基本であり、上達への王道なのだと思う。

 例えば、野球でゴロを取る際、とにかくボールの真正面に入る。そこには恐怖心も湧くのだが、正面に入ることでそのボールを殺すことができる。殺すとは、動いてくるボールをロックオンすること。つまり相手(ボール)の動きを具(つぶさ)につかみ、ここで捕れるとその動きを予測することだ。

 ラグビーはやってことがないが、相手をタックする時には同じような感覚が必要だろう。つねに相手を正面において向かっていく。そうしなければ、自分の持っている力をタックルする相手に正確にぶつけていくことができない。斜(はす)に当たったのでは、相手に逃げられてしまう可能性があるからだ。

 では、ゴロ捕球やタックルでどうすれば相手を正面に置けるかと言えば、それはフットワークの良さと相手を怖がらない勇気があるかどうかだ。

 話を相撲に戻そう。
 体格的に軽量な宇良のような力士は、相手にまともに受けられると分が悪い。だから常に自ら動き回って相手の横に着いたり、下に入ったりして体格のハンデを克服しようとしている。それを真正面から受け止められてしまうと、宇良からすれば攻めようがないのだ。

 この一番も、動き回る宇良に惑わされることなく、落ち着いて琴桜が宇良を正面に置いていたので、宇良はなすすべもなく琴桜に突き出された。

 相手を正面に置いて一歩踏み出す。
 これはスポーツだけの話ではなく、何事にも通じる戦い方かもしれない。

 嫌だから、苦手だからと逃げるのではなく、その相手や事象を真正面に置いて一歩踏み出す。

 浅香山親方の解説は、日々の原点を指摘している。

青島 健太 Aoshima Kenta
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテネで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。
2022年7月の参議院議員選挙で初当選。
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