大相撲夏場所千秋楽。
関脇・阿炎を一気の押し出しで破った小結・大の里が、初土俵から7場所という史上最速の優勝(12勝3敗)を飾った。
まだ大銀杏も結えないちょんまげでの優勝インタビューが、初々しさと同時に計り知れない可能性を物語っていた。
喜びを抑えた静かな語り口。
落ち着いているな…と思ったら、こんな秘密を話してくれた。
「昨日、(二所ノ関)親方から、優勝しても喜ぶなと言われていたので、冷静に、冷静に、ということを意識していました」
すると両国国技館の満員のお客さんから笑いの声が上がったが、私はこの子弟の会話の妙を考えて「なるほど」と唸ってしまった。
「優勝しても喜ぶな」
これを伝えた二所ノ関親方(横綱・稀勢の里)の真意はどこにあるのか?
このことについて言及しているメディアがほとんどなかったので、私の思うところを書いておこう。
まず何より大事なことは、彼が若く、まだまだ発展途上にいることだ。
23歳、大学を出て1年目に優勝してしまった。
192センチ、181キロ。
恵まれた体格、加えて相撲センスも抜群だ。
しかし、ここで喜んでいる場合ではない。
なぜなら、もっと上を目指さなければいけない力士だからだ。
それはズバリ横綱になること。
その目標を達成するまでは喜んではいけない。
大きな期待が、「喜ぶな」の真意だと思う。
そして、もうひとつの意味は、能登半島地震の被災地への配慮だ。
石川県出身の大の里の優勝は、被災地のみなさんを勇気づけたことだろう。そうした様子も報道されていた。そして大の里も、そのことを素直に喜んだ。
しかし、本人が必要以上に喜んではいけない。
なぜならまだまだ多くの人が厳しい生活を余儀なくされているからだ。
親方の戒めは、そこへの配慮もあったのだと思う。
スポーツで勝利の喜びを爆発させる。
競技者も、見る方も、そこにスポーツの醍醐味があることは確かだ。
しかし、プロスポーツは、ファンや周囲の人を喜ばすことが仕事で、自分が大騒ぎしても仕方がない。結果が出たら、本人は喜びもそこそこに次に向かって進んでいく。
そこに勝者の美学がある。
現役時代の稀勢の里は、まさにそんな横綱だった。
「優勝しても喜ぶな」
奥が深い師匠からの教えである。
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテネで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。
2022年7月の参議院議員選挙で初当選。