「部活動は何のためにあるのか?」
夏の甲子園の予選が全国で始まっている。
数ある部活動の中で高校球児は恵まれている。甲子園に出場すれば日本中が注目(全国へテレビ中継)する中で戦うことができるし、プロのスカウトも熱い視線を送る。
練習の成果を見せる場としては、これ以上ない環境だ。
近年は、過酷な暑さでの試合になっているが、予選を含め球児たちには十分な暑さ対策を施しながら悔いのないプレーをして欲しいと願っている。
この時期に部活動に熱中しているのは、高校生だけではない。
中学生もグラウンドや体育館を走り回っていることだろう。
ブラスバンドや合唱部、英語部や茶道部、演劇部も写真部も……、スポーツだけでなく文化部の部員たちも夏休みにさまざまな活動を予定しているはずだ。
みんな元気に頑張って欲しい。
今、中学の部活動は、新たな局面を迎えている。
いわゆる「部活動の地域移行」である。
放課後と土日が犠牲になる顧問の先生にあまりにも負担がかかりすぎる。
また、少子化の影響で部活動に参加する生徒たちが激減している。
野球部も9人に満たないチームがたくさんある。
11人必要なサッカー部も苦戦していると聞く。
こうした環境変化の中で、文部科学省を中心に新しい部活のカタチが模索されている。そこにはスポーツ庁はもちろん経済産業省も参画している。
子どもたちが少ないところでは、他の学校と合同チームを作ったり、外部の指導者を招いたりして、先生の負担を解消することを目指している。
これは今、大事な問題として国会でも議論されている。
部活動(野球部)出身の青島としても、この件は看過できず、委員会で積極的に質問している。
そもそも部活動の意義はどこにあるのか?
何のために部活動があるのか?
こうした問いにはいろいろな答えがあるだろうが、私が考える一番の理由は、今風な言葉で言えば「Well-being」を追求する。あるいは、その作り方を学ぶことが部活動の意味だと思っている。
誤解を恐れずに言えば、勝つことや上手になることが本当の目的ではない。仲間と一緒に活動する喜びや、目標に向かって努力する楽しさを体験することに意義がある。それが嬉しいことであり、楽しいことであり、幸福を追求することになるからだ。
「Well-being」には、明快な訳語がないが、自分が自分らしくあること、心地よく暮らすこと、社会や地域の中に自分の居場所があることなど……。
そのまま直訳すれば「いい感じ(well)で、いられること(being)」となる。
そしてそこに幸福感が生まれる。
中学時代に友達とクラブ活動に熱中することは、「Well-being」とは何か?を知ることであり、その作り方を学ぶことに部活動の意味がある。
今思えば、私は中学、高校時代にそうした楽しさ「Well-being」を部活動で教わったのだ。
だから、これからの子どもたちにも、そうした環境をしっかりと残してあげることが私たちの責任であり、政治の使命だと考えている。
部活動は、日本の大切な文化なのだ。
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテネで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。
2022年7月の参議院議員選挙で初当選。