令和の断面

【令和の断面】vol.94「6点差でスクイズ 是か非か」

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    「6点差でスクイズ 是か非か」

     近頃は、テレビの、とりわけ地上波でのプロ野球中継がほとんどなくなり、野球の人気や普及振興の観点から「大丈夫かな?」という心配が募る。子どもたちの野球離れは、このところずっと言われているが、事実、野球少年の人口は減り続けている。少子化に加えて、いろいろなスポーツに取り組める機会が増えているので、野球人口の減少も致し方ない部分もあるが、野球の魅力や醍醐味、野球におけるマナーや品格のようなものを、子どもたちにしっかりとアピールすることがあらゆる世代の野球選手に求められていることだろう。

     そうした中、テレビ中継に代わって、インターネットで今まで以上にさまざまなスポーツを観られるようになったことは、時代の恩恵といえるだろう。

     今週は、神宮球場で行われている明治神宮大会をインターネット中継で観ていた。
     そこで気になるシーンがあったので、今回はその場面を紹介しておこう。

     高校生と大学生が日本一を争うこの大会だが、大学の部2回戦、東京農業大学北海道オホーツク対慶応義塾大学の試合でのことだ。

     慶応が6回までに5対0とリードしていた。

     福岡ソフトバンクホークスからドラフト2位で指名された慶応の正木智也選手(1塁手)がライトスタンドに会心のホームランを放ったり、オリックスバファローズの4位指名、渡部遥人選手(センター)がダイビングキャッチを連発したりして、慶応が終始ゲームを支配していた。
     7回裏の慶応の攻撃。
     1点を取って、なおも1アウト満塁のチャンスが続いた。
     ここで打席に入ったのは、キャプテンの福井章吾選手だった。高校野球ファンにはお馴染み、大阪桐蔭高校時代には甲子園でも優勝している六大学を代表する選手(捕手)だ。
     カウントは3ボール2ストライク。

     ここで慶応はなんと、スクイズをやってきたのだ。

     まったくバントを警戒していなかった東農大北海道オホーツクは、意表を突かれたことだろう。投手前に転がった打球をピッチャーが1塁に送球して、さらに追加点の1点が入った。
     この時点で、慶応の得点は「7」となり、大会規定の7回コールド(7点差)で慶応が勝利をおさめた。

     この勝ち方に、何も違和感を覚えない人もいるだろうが、私は残念な思いを抱いた。
     それは、野球における紳士協定に触れるプレーだと思ったからだ。
     アメリカでは(いや世界の野球ではと言った方が良いだろう)、ゲーム中に大きく点差が開いた時には送りバントをしない。同時に盗塁もしないという暗黙のルールがある。
     それが何点差なのかは、明確に謳われていないが、ゲーム終盤の6~7点差くらいがそれに相当するだろう。だから6点差のバントはギリギリセーフともいえるが、問題はそれがコールドゲームを決める1点だったということだ。

     これはルールとして明文化されていないので、もちろん賛否両論がある。
     ただ私は、コールドゲームの最後の1点をバントで取ることに、紳士らしさを感じることはできなかった。
     弱っている敵にバントで止めを刺す(ゲームを決める)。
     是か非か。

     これはあくまでも感覚的なことなので、どちらが正しいと言うことはないだろう。
     ただ、世界の野球に照らした時には、相手が怒って乱闘になっても不思議ではない。

     実は、このスクイズバントには伏線がある。
     福井選手は、腰を痛めていてこの試合のスタメンから外れていた。それが途中からマスクをかぶり打席に立ったのだ。もしかするとバットが振れない状態だったのかもしれない。
     だとすれば、代打を送って正々堂々と勝負した方が、もっとスッキリした気がする。

     慶応は春のリーグ戦、その後の大学選手権、そして秋のリーグ戦を優勝し、この大会に大学4冠がかかっている。戦力は充実し、そのその戦いぶりもフェアで気力に満ちた野球を見せ続けている。だからこそ、この作戦が余計に残念に思えたのかもしれないが、私には勝利を素直に喜べないプレーだった。
     果たして読者のみなさんは、どう思いますか。

    青島 健太 Aoshima Kenta

    昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
    慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
    同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
    5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
    オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテナで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
    現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。

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