「森前会長の発言を巡る教訓」
東京五輪・パラリンピック組織委員会、森喜朗前会長(12日に辞任)の女性蔑視ともとれる発言を巡る騒動は、あっという間に世界中を駆け巡り、会長の辞任、後任の人選へと急展開を見せた。
会長の辞任にともない、森氏は後任に同委員会評議員の川淵三郎氏への禅譲に動いたが、その過程を川淵氏がメディアを前に公言したことで、川淵氏も会長候補を辞退することになった。この間、そのいきさつについては、さまざまな報道がなされているが、IOCからの圧力や官邸が動いたという説やら、とにかく川淵氏に用意された梯子が急転直下外されることになってしまった。
なによりまずかったのは、辞任する会長が次の会長を指名するようなプロセスがあからさまになり、「密室人事」と受け止められてしまったことだった。
川淵氏の登用を巡っては、83歳の森氏よりもさらに高齢(川淵氏は84歳)であることや、傷ついた東京五輪・パラリンピックのイメージを回復するには、女性の起用しかないだろうというような意見もあった。
しかし、こうした主張にも「高齢者に対する差別だ」という指摘や「女性に限定するのはおかしい」というさらなる声が上がり続けている。
組織委員会は、事態を収拾させるために「候補者検討委員会」を立ち上げ、理事会の承認を得て、新会長選任の作業を今週中にも進めるという。
おそらくこの原稿がアップされる頃には、新会長候補の名前が挙がり、新体制がある程度見えてくるのではないかと思う。
森前会長の発言から始まった今回の事態については、もうすでにさまざまな報道がなされているので、ここで改めてその是非を論じることはないが、五輪・パラリンピックを前に起こった「ジェンダー」に関する議論は、結果的に日本社会の問題点を浮き彫りにし、私たちのあるべき姿を示したと言えるだろう。
「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」
森前会長も、この発言をもって女性全般の資質や適性を指摘するつもりなどなかったのだろうが、この時代においてはあまりにも不用意な発言だった。
「ジェンダー」に対する偏った意見は、もはや世界中が受け入れない。その普及啓蒙活動が「オリンピックムーブメント」でもある。「多様性と調和」こそが、これからの基本理念だ。先の発言は、そこに著しく抵触するものだ。
コロナ禍にあって、今夏の五輪・パラリンピックの開催すらまだ見通せない現状の中で、組織委員会の会長不在は何とも心配な状況だが、開催に向けてこの苦境の中でもまだやるべきことは残っていると思う。
新会長の下、新しくスタートを切った組織委員会は、「多様性と調和」を何よりも尊重する大会であることを世界中にアピールし、その価値観を全世界的に共有することだ。
その発信がなされなければ、東京五輪・パラリンピックの開催意義は失われることになるだろう。そして「たとえ新型コロナウイルスとの戦いが続いていたとしても世紀の祭典を開催しよう」という国内的なコンセンサスを醸成することはできないだろう。
それは新会長に課せられた重要な任務だ。
この事態から学ぶことは多い。
私たちが忘れてはいけないことは、今やどんなことでも、世界が関心を寄せることなら、良いことも悪いことも、その情報はあっという間に地球を駆け巡る時代になっているということだろう。
その広がりとスピード感の中で私たちは生きている。
そして何よりも大事な理念は「多様性と調和」。
森氏の発言を巡る断面は、そのことを強烈に教えてくれる。
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテナで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。