アフリカ勢に「ぎゃふん」と言わせたい 新谷仁美の闘争心
陸上・日本選手権女子1万メートルの新谷仁美選手(32歳、積水化学)がめちゃくちゃ格好良かった。
12月5日、大阪市・ヤンマースタジアム長居で行われた同大会は、コロナ禍の影響でトラックの長距離種目だけが行われた。
女子1万メートルに出場した新谷は、これまでの日本記録(02年、渋井陽子、30分48秒89)を大幅に更新する30分20秒44の快走でぶっちぎりの優勝を飾った。2位に入った一山麻緒選手以外の19人を周回遅れにする驚異的な独走劇だった。
彼女の走りに心を奪われたのは、これまでの日本記録を28秒45も上回り、18年ぶりに日本記録を更新したことにもあるが、このレースを観ていてすごいと思ったのは、最初から日本記録の更新を狙って勇気をもって序盤から突っ込んでいったその闘争心だ。
最初の2000メートルまでは、同じ積水化学の佐藤早也伽選手(3位)に引っ張ってもらったが、3000メートルからは超ハイペースで単独で飛び出していった。
新谷は、すでにこの種目の参加標準記録(31分25秒0)を超えるタイムを持っており、この大会で優勝さえすれば東京五輪の代表が内定する立場だった。無難にペースを刻み、優勝だけを考える選択肢もあっただろうが、彼女はそんなつまらない走りを見せるつもりは最初からなかった。
レース前日には「日本記録を出して、世界と戦うためのレース展開をしたい」と宣言していた。
そして、その通りの激走を見せる。
まさに有言実行の走りだった。
優勝後のインタビューで言った。
「日本記録を超えなければ、世界と戦えないと思った。ようやく切れてうれしい。強い味方ができたことが一番の要因です」
11年の世界陸上(韓国)5000メートルで13位。
12年のロンドン五輪で5000メートル予選落ち、同1万メートルで9位。
13年の世界陸上(モスクワ)1万メートルで5位。
14年1月に電撃的に引退し、その後は競技から離れ4年間会社員をやっていた。
そして18年に復帰し、今は横田真人コーチ(12年ロンドン五輪男子800メートル代表)の指導を仰ぎ、見事な復活劇を遂げている。
「結果が出なかったら横田コーチの責任にしようと。でも結果が出たので横田コーチのおかげです」と、その信頼関係が彼女を支えた。
優勝した翌日の記者会見でも彼女は言った。
「(長距離界は)アフリカ勢の強さがすごく際立っている。日本人は無理だろうと思われがち。私はどうしても、『ぎゃふん』と言わせたい。日本人でもやれることを証明したい」
世界記録は、16年にアルマズ・アヤナ(エチオピア)が出した29分17秒45。 まだ新谷の日本記録とは、ほぼ1分の差がある。
しかし、今回の新谷の記録は、今季世界2位。19年の世界陸上(ドーハ)では銀メダルに相当する。
何より大事なことは、今回の新谷が見せてくれたように、世界レベルのタイムに怯むことなく勝負を挑んでいくその姿勢なのだと思う。
もちろん実力がなければ最後までスタミナが持たないが、新谷はその才能を持ち合わせ、そして最も大切な闘争心をみなぎらせて走り切った。
その姿勢が、タイム以上に尊く素晴らしいものだと感じた。
東京五輪では、最後の1周までアフリカ勢と勝負する新谷仁美が観たい。
そうなれば、表彰台の可能性も十分にあるだろう。
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテナで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。