「残念過ぎる大学野球部の薬物使用」
大学野球界で前代未聞の不祥事が起こってしまった。
数多のプロ野球選手を輩出し、首都大学野球リーグを牽引してきた東海大学野球部の部員が違法薬物を使用していたというのだ。
まだ詳細は明らかになっていないが、5~6人が使用していたという報道がある。
10月17日に山田清志学長らが会見を開き、16日に複数の部員から「野球部寮内で大麻を使用した」との申し出があったことを発表した。
これにともない同野球部の秋季リーグ戦の出場辞退と無期限活動停止も報告された。
野球部の寮は警察の家宅捜索を受け、当該部員たちも事情聴取を受けたという。
なぜ、こんなことになってしまったのか?
関係者によると、薬物を使用した部員は「興味本位でやってしまった」と話しているという。
リーグこそ違えど同じ大学野球をやっていた者として、慙愧に堪えない思いと理解に苦しむ困惑が止まらない。
どうして大学で野球をやりながら薬物に手を出さなければならないのか?
なぜ、それをしてはいけないということが分からないのか?
しかも、あろうことか野球部の寮内で使用するとは、どういう心理なのか?
動揺と怒りと悲しみの中で、起こったことが正確に理解できないが、冷静に事実と環境を見つめて、この愚行の理由を考えてみたい。
まずは、まったく言い訳にはならないが、コロナ禍という環境があるのだろう。
今春のリーグ戦は中止となり、部員たちは寮が閉鎖となり夏まで練習の自粛が続いていた。いくら全体練習がなくても、野球選手として個人でやるべきことはいくらでもあるだろう。たとえ試合のできないストレスがあったとしても、薬物使用など同情の余地はない。
使うべきエネルギーを、向かうべき対象を、間違ってしまったというのか?
野球選手として本当に情けない。
部員128人、そのうち110人が暮らす野球部寮の管理体制はどうだったのか。
基本的には、大学生の寮は自分たちで運営するものだ。監督やコーチが住み込むようなスタイルもあるが、監視されなければ自治が成り立たないような運動部なら、大学のレベルではない。すぐに解散した方がいい。ただ、こうしたことが起こると、寮生活のあり方も考えなければならなくなる。野球選手は徹底した管理のもと、鉄拳制裁や厳しい上下関係がないとダメなのか。それでは、結局、自分たちで自分たちの首を絞める結果になってしまう。
そもそも大学で野球をやる者としての自覚とプライドを彼らはしっかり持っているのだろうか。どれだけ野球が上手でも、それがなければ大学野球の選手とは言えない。推薦入学や特待生のような入試制度の問題ではないだろうが、野球だけでなく人間性もしっかり見なければ、大学も野球部もこうした危険にさらされる。大学で野球をやれることへの感謝がなければ、さまざまな誘惑に流れてしまう。薬物へのリテラシー(理解)不足などというレベルの話ではない。これは野球選手としての自覚と誇りの問題だ。
使用した選手は、若気の至り、興味本位の軽い気持ちでやってしまったのだろうが、違法薬物にだけは、どんなことがあっても手を出してはいけないのだ。野球の練習に明け暮れて自分を鍛えることは、こうした誘惑や愚行に走らない強い自分を作るためなのだ。だから、このニュースを聞いて、いったい何のために野球をやってきたのか…と言いたくなる。
日本大学ラグビー部、近畿大学サッカー部、東海大学野球部、今年になって大学生の違法薬物の不祥事が続いている。
スポーツをする者の誇りは、競技やそのレベルに関わらず、違法なことは絶対にしないという正義感にこそあるのだ。起こっている事態を見ると、その精神を持ち合わせずに競技性だけに走っていると思えてならない。
日本のスポーツ界は、小学校、中学校、高校、大学を通じて、もっと心を強くすることをテーマにすべきだろう。
そうでなければ、彼ら(選手たち)をこうした誘惑から守ることができない時代になっているのだ。
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテナで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。