「世の中の平安を祈願」 – 心打つ八角り事長の信念 –
毎朝、職場にはスポーツ新聞が届く。
この原稿を書いている3月23日(月)も、いつも通り朝一番にスポーツ新聞を開いて、前日の結果や選手のコメントを読んだりしている。
1面は、プロ野球の開幕が「4月24日以降」になりそうだと伝えている。
めくって2面、3面は、昨日終わった大相撲春場所についての記事だ。横綱・白鵬が鶴竜との横綱決戦を制し、44回目の優勝を飾った。
35歳0か月の優勝は、旭天鵬(37歳8か月)、千代の富士(35歳5か月)についで年6場所制以降3番目の年長優勝となった。また関脇・朝乃山は、11勝4敗の成績で今場所を終え、大関昇進が確実となった。
ページをめくって4面、5面、6面、7面にはプロ野球の練習試合の様子がぎっしりと報じられている。西武の山川が豪快なホームランを打ち、松坂も5回84球4失点でまずまずのピッチングを披露したようだ。巨人の2軍は、プロアマ交流戦で早稲田大学と対戦し、早稲田が9対6で勝っている。早稲田の小宮山監督と巨人の阿部監督が話している写真も載っているが、プロ野球だけでなく東京六大学野球も開幕を延期している。
10面からはギャンブルの情報が続く。
JRAの中山競馬場や阪神競馬場の結果。落馬骨折から復帰した藤田菜七子騎手の騎乗ぶりも小さく紹介されていた。
14面、15面は競輪の結果。
16面、17面はボートレースの情報。平和島で行われたSG「ボートレースクラシック」では吉川元浩選手が連覇を飾った。西島義則選手(97、98年)以来、22年ぶり、2人目の快挙だ。
そして残る紙面は、テレビの番組表や芸能ニュースが続いていく。
こうしていつものようにスポーツ新聞を読んでいると、充実した内容に変わらない春の日を感じるのだが、しかし、現実はとんでもないことが起こっている。
報じられているスポーツやイベントがすべて無観客で行われていることだ。
1月から始まったこの連載は「令和の断面」というタイトルで、さまざまなスポーツシーンを切り取って、そこに令和らしい新しい時代を読み取りたいと命名したものだ。
しかし、極めて残念なことに令和の断面を切り取るどころか、スポーツ紙のどこを開いてもすべてこの時代を象徴する状況にあふれている。
世界中で猛威をふるう新型コロナウイルスの感染拡大。
このところは、いよいよ東京五輪・パラリンピックの開催の是非にも、各国各所から意見が出るようになってきた。IOCも看過できないレベルになっている。これから延期や中止について本格的な議論が始まる。
私たちもあらゆる可能性を覚悟しておく必要があるだろう。
いま、スポーツ界はコロナウイルスの話題一色だが、これは仕方がないことだ。
とにかく慎重に懸命にこの事態を乗り越えていくしかない。
そんな中で、大相撲・春場所千秋楽の最後に行われた八角理事長の挨拶に心打たれた。
無観客の会場に協会役員と幕内力士が整列し、土俵上で今場所を振り返った。
冒頭10秒ほど、言葉が出ない。しかも目元がうるんでいる。
開催をめぐっては、さまざまな意見がある中、一人の感染者も出さずに場所を終えられた安堵感からだろうか、さすがに感極まる思いがあったのだろう。
ファンや関係者に感謝の意を述べて後、八角理事長は言った。
「この3月場所の開催に当たっては、ひとつの信念がありました。元来、相撲は世の中の平安を祈願するために行われてまいりました。力士の身体は健康な身体の象徴とされ、四股(しこ)や相撲を取る、その所作は、およそ1500年前から先人によって脈々と受け継がれてまいりました。今場所は過酷な状況下の中、みなさまのご声援を心で感じながら、立派に土俵をつとめ上げてくれました、全力士、全協会員を誇りに思います。我々はこれからも伝統文化を継承し、100年先も愛される国技・大相撲を目指してまいります」
こうした思いは、開幕を待つすべてのスポーツ選手・関係者、また五輪・パラリンピックの選手・関係者が抱いていることだろう。相撲に限らず、いかなるスポーツも世の中の平安を願って行われるものだ。そして選手たちの身体は、健康の象徴だ。
彼ら彼女らの躍動が今ほど待たれるときはない。
もう少しの我慢。
いま私たちが戦うべきは、新型コロナウイルスの感染拡大だ。
みんなで力を合わせましょう。
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテナで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。