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vol.52 目前に迫ったイチローの大記録だが、日米の“温度差”も

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    柳本 元晴 Yanamoto Motoharu
    フリー・スポーツ・ジャーナリスト
    立教大学卒業/週刊ベースボール元編集長

    広島県出身。1982年に(株)ベースボール・マガジン社に入社。週刊ベースボール編集部にて、プロ野球、アマチュア野球などを中心に編集記者を務める。91年に水泳専門誌(スイミング・マガジン)の編集長に就任。92年バルセロナ、96年アトランタ五輪を現地にて取材。98年、創刊されたワールド・サッカーマガジン誌の初代編集長を務めたのち、99年3月から約10年間にわたって週刊ベースボール編集長を務める。2014年1月に(株)ベースボール・マガジン社を退社。フリーとしての活動を始める。2012年からは東京六大学野球連盟の公式記録員を務めている。

    3000安打よりすごい!? 10年連続200安打

     イチローの「大記録」が目前に迫っている。年齢とチーム構成という二つの“課題”の中、昨年終了時に2935安打、残り65本となっていた通算3000安打達成への歩みは、昨年の通算安打数が91本だったこととや、チームに若くて実力のある外野手が3人そろっていることもあり、昨年よりさらに試合出場機会が減ると思われていたため、“記録への戦い”が、おそらくシーズン終盤まで続くのではないかと、開幕前は思われていたのだが、その予想はいい意味で裏切られた格好だ。
     メジャー通算安打は3000安打まですでに30本を切った(6月11日現在で2974安打)。その「3000」という数字もすごいが、もっとたたえられていいのは、それをわずか「足かけ16年」で達成しようとしていることだ。つまり、1年平均で言えば、「200本弱」の安打を積み重ねてきたということ。

     考えてみてください。日本で(もちろん試合数が少ないので仕方のない一面はある)、シーズン200安打を達成することの難しさを思えば、その大変さは分かる。ちなみに、日本ではシーズン200安打は昨年、記録を塗り替えた秋山(=216本=西武)をはじめ、わずか6選手で7度しかない。
     だからと言って、メジャー・リーグで200安打が簡単に達成されているのかと言われたら、それも違う。昨年を例に出せば、アメリカン・リーグではアルトゥーベ(アストロズ)が、ぴったり200安打でトップ。ナショナル・リーグでは、マリナーズのチームメイトであるゴードンが205安打を記録したものの、リーグ全体でも4年ぶりの200安打突破選手の誕生だった。
     
    こんな、メジャーでも大変な「シーズン200安打」をイチローは、メジャー入りした2001年から10年まで連続して記録している。この「10年連続200安打」は、長いメジャーの歴史の中でも最多記録なのだ。
     その中には04年に達成した、“史上最高”の262安打も含まれており、イチローが、日本のみならず、世界最高のヒットメーカーとして認知され、現役を退いたのちには「すぐに殿堂入りを果たすだろう」と、今から噂されているのは、そういった実績からだ。

    ピート・ローズを抜く「日米通算安打記録」の価値と評価

     一方で今、メジャーで話題になっているのは、そのイチローの通算安打記録の扱い。3000安打よりも先に、「日米通算安打記録」がとんでもないことになろうとしているからだ。
     もったいぶったわけではないが、現在4252安打(同じく6月11日現在)で、これはメジャー通算最多のピート・ローズ(レッズなど。ちなみに本名はピーター・エドワーズ。ローズは愛称)の4256安打に、あと4本と迫る数字だ。
    「世界最多記録」の更新は、まさに目前。交流戦が終わって、再びベンチスタートの試合が続いているが、スタメンに名前を連ねれば、今日明日のわずか1試合で到達してしまうかもしれない数字だ。
     しかし、一方ではその数字への評価が二分している。つまり日本球界で記録した1278本をどのように認めるかということである。

    ”記録保持者”のピート・ローズは、自身の記録が抜かれるかもしれないという思いもあるのか、「認めない派」。メディアのインタビューに答え、「日本はマイナー・リーグのようなもの。マイナーの記録を加えるのはおかしい」という発言をしている。 
     たしかに一理はある。「日本はマイナー」には、同意しかねるが、ローズにとっては、ほとんど見たことがなく、自身もプレーしたことのない(日米野球などで対戦したことはある)日本の野球を同じレベルで考えられるのは不本意ということだろう。
     さらに、チームを率いるマッティングリー監督は、現役時代にヤンキースでプレー。首位打者を獲得するなど、ヒットメーカーで知られた選手だったが、そのマッティングリー監督が、この期に及んでもイチローの起用を「第4の外野手」という立場から変えることもなく、それほど積極的ではない。
     メジャーでは、そう言った選手に対しては、それなりの敬意を払い、一気に盛り上がったムードが出来上がってくることが多いが、それほどでもない。日本の野球ファンが思うほどには盛り上がっていないというところではある。
     
    もちろん、だからと言って記録の価値、評価が下がるわけではない。前にも書いたことがあると思うが、イチローは別にして、ワールドベースボールクラシック(WBC)で、対戦する他国の選手やファンに最も知られていた存在は、監督を務めた王貞治さんだった。
    それは、「一本足打法」がアメリカでは「フラミンゴ」と呼ばれる特異な打ち方だったこともあるが、それに加えて、やはり「世界一」の通算868本塁打を放った打者であることも大きな理由だ。
    イチロー自身は、地元紙の取材に対して「(世界一の記録は)小さなことではないが、大きなことでもない」と、語っているが、それはそれでイチローらしいと、私は思うが、周囲は、やはり、「世界一」の数字に対しては、それなりの敬意を示してくれるのは間違いない。
     その時、メジャー・リーグがイチローをどう評するか、いろいろな意味で、楽しみにしているのである。

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